失言にもほどがある 近年、政治家や首長、経営幹部など、リーダー層によるセクハラ、パワハラ、不適切な言動が多発していると思いませんか。その中には当然の結果として、辞任を余儀なくされるケースもあります。例を挙げるとキリがないのですが、今回1つだけ取り上げます。
それは静岡県知事による新入社員への訓示の中での発言です。そのまま引用します。「県庁というのは別の言葉でいうとシンクタンクです。毎日野菜を売ったり、牛の世話をしたり物を作ったりとかと違って、基本的に皆さんは頭脳・知性の高い方たちです…」。これはどこからどう読んでも職業差別の発言であり、たとえどんな言い訳をしようとも、この発言がその人物の本心なのだなと思わせます。知事の発言は労働者に対する敬意を著しく欠いたものであり、エリートの驕りを強く感じさせます。
この発言が許せない理由を3つ挙げます。1つ目は、この発言は人を見下し、貶め、結果として労働者の尊厳を傷つけ、自信を失わせるものです。我々はコロナ禍で医療、福祉、物流、小売りなどで働くエッセンシャルワーカーにどれだけ助けられたことか。知的労働者のほうがエッセンシャルワーカーよりも付加価値を生んでいるというのは大きな思い上がりです。2つ目は、この発言は社会の連帯を蝕みます。自分たちと自分たち以外のコミュニティに壁をつくり分断を煽りかねません。3つ目は、そもそも社会的な問題を解決するのは高度な教育を受けた専門家だと主張することは、(プラトンが思索した哲人政治じゃあるまいし)エリートのうぬぼれであり、民主主義を衰退させ、一般市民の力を奪うことになります。
労働とは単に生計を立てる手段であるだけでなく、社会的承認の源でもあります。「あなたの仕事は知性がなくてもできます」と言われて喜ぶ人などいません。自分の思いを他者に伝えるには、分析的な知性(いわゆるIQ)だけでなく感情知性(いわゆるEQ:自身や周囲の人たちの感情を適切に察知し、共感し、うまく対処する能力)がいかに大切かということです。(蹴人)
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