古典的事故/タイタニック号沈没事件 去る6月、米国の深海探索専門ツアー会社「オーシャンゲート」が所有する潜水艇「タイタン」が、およそ100年前に沈没した豪華客船「タイタニック号」の残骸を見るツアーに出航後、行方不明となりました。その後の捜索の結果、タイタンの破片が海底で発見され、「壊滅的な破壊」に見舞われたようだとの発表がありました。なんとも痛ましい事故です。
本コラムでは、今回の事故で再び注目された古典的事故である「タイタニック号」の話を取り上げます。1912年4月15日未明、タイタニック号は氷山と衝突し、乗員・乗客2224名のうち1514名が死亡するという大海難事故を起こしました。この事故は様々な不運が重なって起こったことが分かっています。
例えば、出航が予定よりも約1ヵ月遅れてしまったために流氷の多い時期に重なったこと、出航後、流氷の存在を僚船から警告されていたにもかかわらず、無視して航行を続けたこと、当夜は新月で月明りがなく、見張りが氷山を発見するのが遅れたこと、衝突後、救助信号を発したにもかかわらず、僚船は無線を切っていたため救助が遅れたこと、などなど。
しかし、危機管理の点から致命的だったのは以下の2点です。1つ目は、救命ボートの数が足りなかったこと。タイタニック号は1等船客が上部甲板から景色が良く見えるようにと、救命ボートを20隻しか用意していなかったのです。2つ目は、隔壁をめぐらして損傷が局所的に留まるような設計になっていなかったこと。いや正確に言うと、全く考慮されていなかったわけではなかったのですが、隔壁はドレス姿の淑女がハッチをくぐるのはみっともないと、喫水線より低い位置までしか作られていなかったのです。
いずれも、「こんな豪華客船が沈没するわけがない!」という過信があったと思われます。タイタニック号の事故の後、この2点が客船の建造基準となって改善されました。失敗というのは、後で振り返ってみれば、「あの時こうしていれば…」と気づくものです。覆水盆に返らず、です。現在のあらゆるプロジェクト活動においても、タイタニック号から得られる教訓を肝に銘じたいものです。(蹴人)
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