「ワイガヤ」再考 本田技研工業が提唱した言葉に、「ワイガヤ」があります。「ワイガヤ」とは立場の相違にかかわらず同じ組織に属する者同士が気軽に「ワイワイガヤガヤ」と話し合うことです。そして、もともとの「ワイガヤ」は、当時副社長だった藤澤武夫が、第二、第三の本田宗一郎を育てる仕組みとして組織に組み込んだ場でした。
かつては、プロジェクト発足時などにメンバーが機能横断的に集まり議論を行うもので、温泉など非日常空間の場で三日三晩缶詰めになって行っていたと言います。その中で、組織の存在意義、人生の目的とは何かといった哲学的なテーマにまで踏み込んでメンバー同士が全人格的に向き合います。始めのうちは仕事の不満や上司の悪口が中心でも、対話を重ねるうちに、個人の生き方、組織の在り方、その志を深く考えるようになり、相互理解が深まり、結果として全人格的に相手を受け入れられるような、チームとしての一体感が醸成されます。人間が相手を信頼するのは、相手の本音に共感した時ですから。
「共感」にはシンパシー(sympathy)とエンパシー(empathy)があります。シンパシーが同じような考えや境遇の人に対して抱く感情なのに対して、エンパシーは自分とは異なる考えを持っている人や異なる境遇で育った人の立場に立って想像し理解する知的能力のこと。両者の意味は異なります。
今、閉塞感が漂う日本の社会、日本の組織、プロジェクトに必要なのはエンパシー。エンパシーのある職場には“対話”があります。そして、その対話は、本来は「身体性(五感)」を媒介にして成立するものです。西洋哲学の流れをくむ科学では、身体に命令を出す司令塔は脳であり、脳が身体を支配すると考えられてきましたが、最近では、頭と体は分けられないことが科学的にも証明されつつあります。心は脳と身体と環境の相互作用から生まれてくるものです。
デジタルによる対話は情報伝達の効率は良いのですが、一方で感情共有には限界もあります。身体を伴う感性のやり取りが重要な理由は、感情を共有することによって、そこに「共感」が生まれるからです。逆説的ですが、コロナ禍によって対面の重要性がますます高まっています。「共感」を生み出しチームを結束させるために、意図的に「ワイガヤ」のような仕組みを組み込むことも必要だろうと思います。(蹴人)
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