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コラム詳細

2026/01/01掲載
測ることはいいことか?
今の時代、いろいろな対象に対して数値化して測らなければならない、またそれを公表しなければならない、といったムードがあります。有名大学合格者ランキングといった記事は受験期の子どもを持つ親からは昔から人気がありましたし、飲食店の評価サイトやランキング情報は面白く実際に参考になります。測ることは時代の要請であり、そうすることによって一種の説明責任(アカウンタビリティ)を果たしているようにも見えます。

確かに何かと便利な話ではあるのですが、その負の面も触れておかねばなりません。「外科医の評価」という事例があります。医療現場で外科医の評価を公表する制度を導入したところ、外科医が症状の深刻な患者の手術を忌避する傾向が出たという話です。外科医としては自分の評価を下げたくないわけですから、わざわざ難しい手術に挑戦するインセンティブが失われてしまったようなのです。同様に、警察の犯罪率を公表したところ、犯罪率の低下を演出するために犯罪の深刻度を過小評価するようになったという事例もあります。いずれの事例も、個人(組織)のインセンティブに忠実に従った結果であることは明白です。

冒頭に有名大学合格者ランキングの話をしましたが、進学率を重視している学校や予備校では、本人の意思よりも、難関大学にとにかく合格することが求められることがあるようです。ビジネスの側面から合格率という数字が独り歩きし、それに縛られ、本来の学ぶ目的や子どもたち個人の夢は蔑ろにされる。本来の教育の目的である、「子どもたちに生きていくために必要な力を身につけさせる」という視点がどこかに忘れ去られ、偏差値の高い大学に何人合格させたのかが注目されるという、何か非常に重要なものがこぼれ落ちているような感覚になります。

このように、測るということには負の側面もあり、また非常に重要なことほど測れないことが多いわけです。年収は測れますが、どれくらい豊かな気持ちで生きているか、家族と愛情に満ちた関係ができているかは測りにくいです。そして、より重要なのは後者ではないでしょうか。プロジェクトに置き換えても、QCDを見える化、測る化して管理することは基本なのですが、本当に重要なことはQCDには表れないものです。
(蹴人)

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