自助・共助・公助 菅首相の目指す社会像は「自助・共助・公助そして絆」だそうだ。まずは自分で努力し、さらに家族や地域でお互いに助け合えるようにして、その上で国がセーフティーネットで守りを固めることで、国民との絆を結び信頼される政府を構築することが首相の政治理念らしい。
この自助・共助・公助という考え方は、菅首相が新たに造りだしたものではなく、もともとは社会保障の分野で使われていたものだ。例えば年金や介護など、老後の生活をどのように支えていくのかという観点で考えると分かりやすい。まずは自分の老後の資金は自分で作る自助が基本になる。しかし、資金を充分に備えられない人もいるし、資金の多寡に関わらず身体的に老後生活に支障をきたすこともある。そこで共助としての公的年金制度や介護保険制度が必要になる。これらの制度は公助にあたるのではないかと捉えられがちだが、公的年金や介護保険は被保険者から集めた「保険料」で賄われるものだから共助に他ならない。
では公助は何かというと、自助や共助からこぼれ落ちてしまった人を国が「税金」を使って救っていくことをいう。例えば「生活保護制度」など最後の砦的な役割を持つ仕組みが公助にあたる。そう聞くと、「自助・共助・公助そして絆」という耳当たりのいい言葉も、そこには「国にばかり頼らずに、できる限り自分たちで何とかしなさい」という、少々腰が引けた国の姿勢が感じ取れる。
確かに平穏無事なご時世であれば、耳当たりのいいだけの首相の政治理念も通用するかもしれないが、昨今のコロナ禍は、国全体が大きな災害に見まわれているような状況だ。そんな中で「外出自粛」「3密回避」「在宅ワーク推進」などの自助を促す言葉が耳にタコができるほど繰り返されているだけでは、何度緊急事態を宣言しても、「宣言しても意味がない」とか「これ以上一体何をすればいいんだ」といった声が大きくなるだけだろう。増してや一人一人の余裕がなくなっている時に、「どうすれば互いに助け合うことができるか」といった共助の考え方が生まれるわけはない。「自助・共助」で何とかできる段階はもう過ぎてしまっているはずだ。
今この国家的な危機から国民を守るためには、「公助」を最前列に据えてセーフティーネットを広げて、「後は我々に任せろ」と政府が腹をくくって取り組む姿勢を示していただくことではないかと思う。(歩)
|