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コラム詳細

2014/08/01掲載
最後通牒ゲーム
AとBの2人で1万円を分けあうとする。ルールとして、Aがどういう割合で分割するかを決める権利があり、Bはその提案を受諾するか拒否するかの権利だけがあるとする。この決断のチャンスは1回だけで、もしもBがAの提案を拒否した場合は、2人とも収入は0円になってしまう。この場合、AとBはどういう決断をするものか、という最後通牒ゲームと呼ばれる実験がある。

例えば、Aが自分は8千円でBが2千円と提示したとする。合理的かつ冷静に考えれば、Bは拒否してゼロになるよりは、たとえ2千円でも受諾した方が自分の得になる。ところがヒトという動物は、そういった単純な行動は取らず拒否してしまうことがある。特に日本のカルチャーでは、フェアー(公平)であることが強く求められることが多く、分割比8:2のアンフェアな提示を受けた時の拒否率は50%を超えるという研究結果もあるそうだ。フェアーを重視するために、自己の利益を犠牲にしてでも、相手が「ずるい」ことを許さないのである。

この、相手に得をさせたくない、ずるい相手は罰したいという気持ちは非常に根深いもので、そのために自分が実は損をしているということさえ忘れさせてしまう。犯罪はもちろん、そうでなくてもモラルに反していると感じた行動を見かけた場合、ヒトは労力や時間を浪費してでも悪を捕えて懲らしめようとする自己犠牲的な行動を取るようにプログラムされているようだ。ただ、こうした個人の意思決定が、結果として社会全体の秩序とバランスの基礎となっているのも事実である。

もっとも、最後通牒ゲームでは分割提案をする側が5:5に分けると提案することがもっとも多いそうだ。フェアーを求める気持ちが深く人間に組み込まれているおかげで、無用な争いを避けるように人間は作られているのかもしれない。そして、それによって、この社会の秩序が保たれ、安心して住める世界になっているのかもしれない。
(七対子)


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